忍者ブログ
タタ奈々と空稲で二次してます。 どちらのジャンルも原作設定をメインとしております。
[3]  [4]  [5]  [6]  [7]  [8]  [9]  [10]  [11
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

本文を読むにはこちらからパスワードを入力してください。

拍手[10回]

PR
えーと、大分回復してきました(^^ゞ
結局腎盂炎ではなく、ウィルス性胃腸炎だった模様。

状況が状況で『鎌倉の闇』をうまく読み返せずに書いてる箇所がありますので、
あとで訂正していくと思います。→訂正しました^^;やっぱり読まずに書くのは
無理無理(笑)


まだ伊勢以前、『鎌倉の闇』の話。
沙織ちゃんがどうやってタタルさんを引っ張り出しているのかは、
将門もだけど興味のあるところ。
案外あっさり『行く』って言ってたり(笑)





ささやかな風
 
 
 
 
桜も散り、暦の上ではそろそろ初夏と言っても間違いがない季節。
仕事の漢方薬局も、アレルギーの患者や気温の変動に負担を感じる
患者が減り始め、後もう二週間もすれば落ち着いて来るだろう。
ようやく一息ついて、先週末にあれこれと買っておいた書籍に
手を出した。
まだ一頁も捲らないうちに、電話が鳴った。
「はい、桑原です」
「あれ?いらっしゃいましたね」
 
…………彼女だった。
大学の薬学部の一年後輩。
オカルト同好会の会員。
社会人になってからは、たまたま薬剤師会の集まりで再会し、
以来年に二度くらいは一緒に飲む。
昨年は偶々ではあったが、旅行もした。
「奈々くんか…。何か用か?」
後もう十分過ぎていたら、本に集中して、電話には気付かなかった
だろう。
……………これも一つの縁だ。
 
「ありゃ、タタルさんでも聞き間違えるんですね。わたしたち姉妹、
確かに声はよく似てるって言われるんで。棚旗奈々の妹の沙織です。
今、お忙しいですか?」
「--------!」
そう言えば。
彼女には妹がいたのだ。
昨年の高知旅行には姉に同行して来ており、目許が姉によく似た、
しかし性格は姉と違い、よく喋る賑やかなタイプだった。
 
高知旅行の帰りに、うっかり彼女に電話番号を教えていた。
まさか本当にかけてくるとは。
 
「沙織くんか。何か?」
「タタルさん、鎌倉は詳しいですかね?」
「………鎌倉なら君たちの方が詳しいだろう。確か実家は鎌倉だろう」
「はい、そうです。地理的には知らない所なんてないです。
 そう言うことではなくて----今、出版社に勤めているんですけどね、
 今度鎌倉を特集することになったんです。それでですね」
彼女はコホンとわざとらしく咳をした。
「鎌倉の秘められた歴史って言うか、裏バージョンの情報って言うか、
 そんなものも押さえておこうかと思いまして」
「……………………」
いつも思う。
悪友の小松崎と言い、沙織くんと言い、ジャーナリストって奴は情報の
精度には気を払わないらしい。自分のような素人の意見など聞いて、
どうしようと言うのだろう。
例えそれが埋もれてしまった真実であるにしても。
そんな話は飲むついでに、それこそ奈々くんに話すくらいが
丁度いい話題なのだ。
 
「君のお姉さんは何と言ってるんだ?」
「……………気になります?」
「……………………」
電話の向こうの声のトーンが、急に低くなった。
彼女-----姉の奈々くんそっくりの声でこんな風に言われると、
妙な気分になる。彼女なら絶対に言わないだろう言葉。
「姉が来た方が良いでしょうか?」
「……当たり前だろう。俺と君には直接の関係はないのだから」
思わずしかめ面になる。
何かない腹を探られているようで、あまり嬉しくはない。
「おかしいな~。お姉ちゃんの話では、タタルさんはあまり係累とか、
 仲間意識とかそう言うのは気にしないタイプだと聞いてたんで。
 ----ああ、すみません。話、反れましたね。姉が来れば、
 タタルさんも来て下さるんですよね」
「………………」
「絶対ですよ。必ず来て下さい。約束です」
沙織くんは彼女のそそっかしい性格そのままに、日時と場所を打ち合わせると
電話を切った。
 
 
 
『約束です』
奈々くんが自分にこう言う時は、彼女自身の為ではなく、
彼女の友人や知人の為の場合が常だった。
いつか彼女自身の為に、自分にそんなことを言って来る日があるだろうか?
 
 
そこまで考えて、己れの思考が無駄に乱されているのに気が付いた。
 
彼女に似た声に惑わされた。
 
 
大きくため息をついて、また読み始めた本に戻った。
 
 
 
 
その日は快晴だった。
北鎌倉の和風喫茶で待ち合わせをしていた。
店に入ると彼女と目が合う。
すまなそうな表情だ。
妹の我儘に付き合わせたと思っているのだろう。
 
彼女は気を使い過ぎる。
もし本当に益がないと思えば、今日のことは幾ら彼女の妹の
頼みとは言え、断っただろう。
彼女こそ今日一日、妹の仕事と彼女自身には何の役にも立たない
であろう、歴史の話に付き合わされるのだ。
 
-----せめて自分には気を使わないでいい。
そんな思いで彼女の隣に立った。
 
 
 
 
なかなかハードなコースだった。江ノ島には用を思い付いたので了承した
のだが、もう少し絞り込めないものか。
沙織くんは、初めからこちらの話を期待して目的は対して
決めていないらしい。
……………ここまでパーソナリティの違う姉妹は珍しい。
奈々くんならば、自分に用件があっても余程でなければ連絡はして来ない。
 
時折後からついて来る彼女の顔を見ながら、そんなことを思った。
退屈はしていないらしい。
銭洗弁天でも、あの大きな瞳で一生懸命こちらの話を聞いていた。
いつも人の話を聞いている時の彼女は真摯だ。
疲れないのかと思う程。
だからこちらもつい、話し込んでしまう。
そんなつもりはないのに。
 
 
 
 
鶴岡八幡宮へ参拝する為段葛の道に出ると、小松崎に会った。
彼も仕事だと言う。全くおかしな縁がある。
お互い待ち合わせもしないで、こんなところで顔を合わせるのだから。
 
昼食を共にして、江ノ電で小松崎とは別れた。
 
稲村ヶ崎で起きた事件の取材に行くのだ。
自分たちは御霊神社へ向かう。
銭洗弁天同様、こちらも鎌倉と言う土地柄と、
切っても切れない関係にある。
姉妹は初めのうちこそ、目を丸くして聞いていたが、
妹の方は何かを掴んだようで、しきりにボールペンの端を口唇に
当てながら、メモを取っている。
姉の方----彼女は時折遠くを見つめながら、何かを考えている。
鎌倉と言う観光地を歩きながら女性に話すには、
恐らく不粋極まりない話題が続いている。
埋もれた歴史は大抵が、人間同士のエゴ剥き出しの抗争の積み重なり
なのだから、仕方がない。とは言え、彼女に自分は何故こんな話を
必死にしているのだろう。
内心呆れているかもしれない。
またその一方で、ふいに覗かせる哀し気な表情や、
興味深げな視線に応えたくもなってしまう自分がいる。
その凛とした横顔を少しでも長く、見つめていたくて。
 
 
江ノ島では中津宮までしか参拝出来なかった。
いつものこととは言え、取材に行った筈の小松崎が、
またしても事件に巻き込まれ、取材を早く切り上げなければ
ならなかったのだ。
 
 
今日の目的と言えば、自分には江ノ島の弁財天を参拝すること
しかなかった筈だ。
だから幾ら小松崎との待ち合わせがどうであろうと、
ここで別れることも出来た。
自分一人で行けばいい。
時間がないなら、その方が効率的でもある。
 
-----しかし。
彼女のすまなそうな顔を見ていたら、そんな気分は消し飛んだ。
 
 

…………また来ればいい。
 


もっとゆっくり。時間をかけて。
 
 
 
いつか一緒に。
 
 
 
そう言う縁があるなら。
 
 
 
五頭龍と弁財天も六十年に一度とは言え、
その約束は守られている。
 
 
 
 
だから。
 
 
 
 
その約束は彼女に届いただろうか。
他人事には明晰な彼女も、どう言う訳か自身に向けられた
思いには疎い。
 


ささやかな風でも消えてしまうな。
その時はそう思った。
 
 
 
 
 
 
「約束でしたもの」
彼女の笑顔は柔らかい。
まだ一月だが今日は厚手のコートでは、汗ばむ程の陽気だ。
もう八ヶ月になるお腹を抱えた彼女と、彼女の実家に顔を出した。
鶴岡八幡宮に参拝した後、突然彼女から言われたのだ。
「今日は気分もいいし、江ノ島の奥津宮まで行ってみませんか?」
「江ノ島?少し遠くないか」
彼女の体への負担が心配だった。
「大丈夫です。それに……」
彼女は微笑う。
「約束でしたもの。タタルさんとの」
 
 
 
「ずっと気になってたんです。あれから何度も鎌倉には来たのに、
 なかなか機会がなくて。
 ………でもせめてこの子が生まれる前に、果たしたかったんです。
 中途半端では弁天様にも失礼ですよね?」
「安産祈願になるかは解らないけど」
「まあ。そんなつもりではないです」
彼女は驚いた目でこちらを見ている。
本当に約束を果たしたいだけなのだ。
 
あんな仄かな風に飛ぶような約束でも。
 
あの頃よりもはっきりと、その瞳はこちらに向けられている。
 
「じゃあ、行こうか。確かに神を相手に中途半端は良くはないな」
彼女の肩にそっと手をかける。
 

一月の風は暖かな日でも冷たいが、
思いはあの日の四月の風に繋がっていた。




※『鎌倉の闇』からQEDも後半部分に突入!そんな感じがしますよね。
この後4人で岡山に行く訳ですが、『結婚と言う煩わしい行為を、してもいいかなと
思っている』と言う発言が……。
突っ込みどころの多い発言だよな~。
タタルさん、そんな気持ちじゃ今時嫁は見つかりませんぜ!とか
結婚してより煩わしくなるのは女子の方だと思うとか…。

そんなもので彼が一生に一度と思ってるらしい結婚式を、思い切り煩わしくして
描いてみたんですけど(笑)

いずれ沙織ちゃんバージョンも漫画で描きたいなと思っています。
 

拍手[9回]

本文を読むにはこちらからパスワードを入力してください。

拍手[22回]

20日金曜日のチャット会、主催者のさかきさん、開催して下さり
本当にありがとうございましたヽ(^。^)ノ
相変わらずテンションも高く、楽しかったです。
前回はエメジャー(タタルさんの普段着と思われるエメラルド色のジャージ)が
メインテーマ(笑)でしたが、今回のお題は『ちゅー』。しかも口とおでこ以外?!
私はうっかり『足先』を希望したので、頑張って見ました^^;
トーン貼ったら、挿絵もアップします。←挿絵アップしました(*^_^*)
--------------
 夏のひと雫
 
 
今年のわたしの夏休みは、お盆まっただ中の、三日間になりました。
 
ところが、彼の予定はと言うと……
 
「出張ですか?!」
「ああ、中国の成都、北京に五日間の予定だそうだ」
「………漢方薬剤師さんにも海外出張があるんですね」
あまりにびっくりしたわたしは、きっと丸い目で彼を見ていたでしょう。
彼は小さく笑って、
「成都には漢方薬材の、世界的に有名な市場があるし、北京大学の漢方の研
 究室にも行くそうだから」
「……そうですか」
 
 
一緒に暮らし始めて、最初のまとまった休みでした。
同じ日に休むことは出来ないようです。
------ちょっと、がっかり。
 
でもこの先幾らでも機会はあるはずです。
そう思い直して、彼に笑顔で言いました。
「気を付けて、行って来て下さい」
彼は片方の眉だけ上げてこちらを見ると、立ち上がりわたしの前髪を
くしゃりと撫でました。
これがここ最近の彼の癖。
 
 
 
 
彼がいない手持ちぶさたの間、何処も行く予定もなく、では何をしよう?
と言うことになりました。
するとわたしの休みの前日、妹の沙織から電話があり、彼と自分の
浴衣を見立てて欲しいと言われました。
「お姉ちゃんは?タタルさんと夏祭りとか行かないの?
 お祭りと言えば神社じゃない」
妹のはきはきした声は、家に一人きりの今、殊更響きます。
「タタルさん、神社は好きだけど、人混みは嫌いだもの。
 なるべく混まない日に行くから、縁日はあまり」
「そっか……。タタルさんらしいね」
妹は待ち合わせをするデパートの名前と、時間を告げると電話を切りました。
「浴衣かあ……」
 
わたしも高校時代の友人の付き合いで買った、浴衣がありました。
鉄線の柄の、ちょっと古風な藍染めの浴衣。
まだ一度も袖を通してません。
「タタルさんは、これを着たら……なんて言うかな?」
人の着るものはおろか、自分の着るものも無頓着な人です。
わたしの着ているものにも、何か感想を述べたことは一度もない……。
「着ていく機会もないものね」
 
 
翌日、沙織と待ち合わせしたデパートの呉服屋でのことです。
沙織が自分の浴衣を選んでいる間、ふとまだ仕立てられていない
浴衣地が目に入りました。
紳士用の生地です。
思わず手に取ると
「最近では、仕立てる方も多いんですよ。背の高い方が増えましたからね。
 普通の一反より少し長めの生地なんです」
と、店員に声をかけられました。
……タタルさんも背が高い。
彼が帰るまで、あと四日。
高校の家庭科の授業では、二度浴衣を仕上げました。沙織の分までやった程。
自信があるわけではないけど、難しい所以外はミシンを使えば………。
 
「おお!お姉ちゃん、タタルさんの浴衣縫うの?!」
「え!べ、別にそんなつもりで…」
「いーじゃん、いーじゃん。わたしも時間があったらそうしたかったな。
 きっとタタルさん、喜んで浴衣の歴史を一時間は話してくれるよ!」
「…………………」
浴衣の歴史はともかくとして。
四日、何もしないでいるよりは張り合いがありそうでした。
 
わたしは妹の勧めるままに、その生地を買いました。
彼にも合いそうな色です。
 
何となく気分もウキウキしてる……かな?
 
カフェでお茶をして、近況をあれこれ話し合った後
(大抵妹夫婦が仲良くやっているらしい様子を、聞くことになる
のですが)、わたしは少し速足で帰宅しました。
思い付いたら、早く形にしてみたくなったのです。
 
彼は何て言うだろう……?着ていく場所もないのに。
 
 
 
彼の洋服から大体の寸法が分かったので、背縫いや袖付けはミシンで、
裾や襟は二日程寝る時間を惜しんで、丁寧に絎け(くけ)ました。
帯は母に相談したところ、父の若い時のものがあるからと言われ、
翌日の出勤日の帰りに実家まで受け取りに行きました。
 
そして、土曜日に彼が帰国することになって、仕事が終わると
すぐに成田空港まで迎えに行きました。
彼の音信不通はいつものことですが、この五日間電話一つあり
ませんでした。初めから期待はしていなかったけれど、心配しない訳では
なかったので、到着ロビーに来ると彼の姿が早く見えないかと思い、
じっとゲートを見ていました。
 
 
「やあ、……迎えに来てくれたのか」
本当にいつもの彼でした。
「……お帰りなさい」
 
 
 
成田から自宅に戻る電車の中で揺られながら、この一人きりの五日間、
自分一人の気持ちだけが先走ったような気がしてなりませんでした。
………彼の本の部屋に置いてある衣桁に掛けられた、わたしの作った浴衣。
 
 
五日間、彼は側にいなかったけどその存在をわたしに感じさせていた………。
 
 
 
家に着いて、わたしはすぐに夕食の支度にかかりました。
彼は荷物を解くと、いつものように彼の本の部屋へ。
中国は(特に成都)日本よりも暑かったようで、彼は大分疲れているよう
でもありました。
食事が出来た頃には、彼はお気に入りの場所----本の部屋の彼の机
にもたれて、腰掛けたまま眠っていました。
 
 
 
翌朝の日曜日、彼は早くに休んでしまったからか、早く目を覚ましたようです。
電話で話す声がします。
「……来週の日曜でいいんだな。鵠沼か……混むだろうが、まあ仕方ない」
………相手は多分
「言わなくていいことなら、言う前に口を閉じたらいいんじゃないか?
 熊。最近、お前一言多いぞ」
小松崎さんのようです。
 
 
わたしは起きて着替えると、朝食の用意をしようとキッチンへ向かいました。
 
「ああ、奈々」
「はい?」
振り向くと、珍しく人差し指で頬をポリポリと掻きながら、彼が言いました。
「来週、江の島で花火大会があるだろう?」
「え?は、はい。学生の頃は晴美や沙織と、よく見に行きましたけど」
「地元だから君の方が詳しいだろうな。………良かったら、行ってみないか?」
「…………はい。…………え?!ええっ!!」
予想もしなかった言葉に、それ以上言葉になりませんでした。
「………なんでそんなに驚くんだ?」
「ええっ、だっ、だって………」
「浴衣………あれ、君が縫ったんだろう?」
「わ、分かりますか?」
そんなに縫い目でこぼこだったかしら?
「ミシンが出てたから」
「あ……」
彼の観察眼を通せば、いずれ分かることでした。
「君の浴衣もあるんだろう?」
「は、はい」
「この近くでは近いうちに縁日はないようだし、江の島ならそう遠い訳
 ではないから、どうせなら………と思ったんだが」
「すごく混みますけど」
どの花火大会もそうでしょうが、江の島のそれも大変な混みようです。
「仕方ない。浴衣を着て歩くと言ったら、縁日か花火大会くらいだろうから」
「………………」
 
 
気持ちだけで作り上げてしまった浴衣だったけれど
…………わたしはもしかしたら、彼にしっかりおねだりをして
しまったのかしら?
ちょっと不安になりました。
 
 
 
 
その日江の島は予想した通り、大層な混みようでした。
人で道が見えないくらい。
 
それでもわたしは気もそぞろで-----素直に言ってしまえば、
嬉しくて人出の多さが気にならないくらいでした。
 
わたしが縫った彼の浴衣は、寸法も色も彼に似合っていました。
 
着付けをする時、彼は特に表情も変えず、わたしの為すままに
任せていましたが、わたしが浴衣に着替えた時に、ふと眼差し
が強く注がれたようにも思いました。彼は何も言わなかったのですが。。
 
それでもやっぱり彼と手を繋いで、浴衣で並んで歩いている
-----たったそれだけのことが、とても嬉しい。
 
 
「あ………」
慣れない下駄と浴衣で、人混みに押されるとそのままつまづいて
しまいました。寸前に、彼が抱き止めてくれなかったら、
転んでいたでしょう。
「すみません、タタルさん」
彼の腕から離れようとすると、右の下駄の鼻緒が切れてしまって
いることに、気づきました。
それに爪先もちょっと痛い。
 
彼も気付いてくれたようで、鼻緒の切れた下駄を持つと、
わたしの腕をそっと引いて、少し花火大会の会場へ向かう道から
反れた脇道へと、入って行きました。
 
わたしをベンチに座らせて、彼は袂から自分のハンカチを出すと、
口に挟んで、ピッと音を立てて切り裂きました。
「鼻緒はすげ替えればいいが……右足、見せてくれ」
言葉の終わらないうちに、ぱっと裾を払うようにして、右の踵を
彼の細い指に乗せて、持ち上げていました。
「誰かに踏まれたかな?」
眉間に皺を寄せて、赤く血の滲んだ右足の親指を見つめています。
 



yukata1-web.jpg








































普段なら膝から下がスカートから出ていることなど、当たり前
なのですが、浴衣や着物だと、踝(くるぶし)から上が見えて
しまうと恥ずかしいのは何故だろう、そんなことを考えて、
頬が赤くなってしまうのが分かりました。


「まあ、これで消毒になればいいが」
そう言って、怪我をしたわたしの足指を口に………。
「た、た、タタルさん、ひ、人、人が来たら………っ」
「こんな所知り合いがいる訳でも……いや、君は地元か。
 まあ、俺は一向に構わないがね」

一度離した口唇を今度は足の甲から足首に、ゆっくりと移動させて行きます。
「………………んっ………」
おかしな反応をしてしまいそうで、口をそっと手で押さえました。
ふと彼を見ると、思っていたよりずっと間近に、彼の悪戯な瞳がわたしを
覗き込んでいます。
「足先へのキスは………隷属か。さて、今日は君の言いなりになるつもり
 なんだが、君はどうしたい?」
「………え?」


なんだか殊更大きな音を立てて、心臓が跳ね飛んだようで、
胸元を押さえました。

「花火は始まってるようだが、見える場所までたどり着けるかな?」
「……………何処か別の所でも、いいです」
精一杯声を振り絞ったので、かすれた声しか出ませんでした。
「例えば?」
またハンカチを口で裂いて、血の滲んだ足指に巻くと、
端と端をきゅっと結わいています。
「まだ江の島の駅からそれほど遠くないですよね?」
「そうだな、50メートルも歩いてない」
「あの、ここよりは人が少ないと思うので、稲村ヶ崎の方へ
 移動しませんか?遠くても花火は見えます」

彼は珍しく、にっと笑い、脇道を選んで人の流れとは逆方向
にわたしを連れて行きました。




稲村ヶ崎もそれなりに人出がありました。
それでもさっきよりは、ずっと呼吸(いき)がつけます。
残暑の熱気は夜になっても収まらず、まだ首筋に抜ける風は
涼しさの欠片もありません。けれど人混みを抜けて、緊張が
一度に解れた(ほぐれた)為、空気が爽やかに感じるのも確かです。

多分わたしの足を労ってでしょう。彼はゆっくり歩いています。

砂浜の足に沈む感覚が奇妙に気持ち良くて、このまま今の瞬間が
ずっと続けばいい、なんて考えてしまう。

さっきの悪戯なキス。
足の先は隷属?
口唇に触れるより、なんだか彼の口唇の感触を思わせて、
かえってどきどきしてしまって……。



「留守の間すまなかった」
「え?」
「研修と言う名目の買い付けだったからな。行く先々で接待があった
 上に、こちらに断る権利はないらしい------まあ、何を言っても
 言い訳にしかならないが、毎晩ホテルの部屋に戻るのが、夜中の2時を
 回ってた。俺にとっては----」
彼はふいと背を向けました。
「毎晩、君の声を聞く以上に必要なことなんかないんだが」

低く呟くような声でした。


でもはっきり聞こえた。


「その浴衣………寸法がタタルさんにきちんと合ってて良かったです。
 少しズルしてミシン使いましたけど……全部手縫いしたかった」
彼は微笑ったようでした。相変わらずわたしから見えるのは、
意外と広い彼の背中だけ。

「平安の頃、男は必ず妻の縫い上げた着物を着た。
 ……以前話さなかっただろうか?裁縫に使う----纏る(まつる)、
 縢る(かがる)などの言葉は祭祀と深く関わりがあると。どちらも
 解けない(ほどけない)よう縫い込めると言う意味がある訳だが………」
振り向いた彼の瞳は、夜の海の煌めきを遥かに映して、
とても魅かれるものでした。
「愛してる人と解けないよう、願って……?」
「あの時代は、男は夜しか妻の元を訪れないから、昼間のことは妻たちには
 解らない。不安な気持ちも愛しい気持ちも、ひと針ひと針縫い込めたんだ。
 -----深いと思わないか?」
「きっと守りたいと言う気持ちが一番です」
わたしは思うより先に、言葉が出ていました。
「わからなくて、不安だからこそ、離れてるからこそ、守りたい
 ………多分そんな気持ちです」


彼はまたここ最近癖になっているように、わたしの前髪をくしゃりとして、
その手のひらをそっと頬に落としました。
彼の鼻先が、わたしの耳元をかすめたかと思うと、耳の奥に静かな
柔らかな響きが聴こえました。
「ありがとう、奈々」

口唇にふわりと、かすめるような感触が走ったなと感じた瞬間には、
彼はまた背中を向けて砂浜を歩き始めていました。


慣れないことをした自分を、恥ずかしがっているかのような
その姿が愛しくて、わたしもゆっくり後を追いながら、
その背中から目を離さずにいました。







※後日談
都内某カフェ
沙:お姉ちゃん、江の島の花火大会どうだった?いつも上がってた、
  お姉ちゃんの好きな花火、今年はやった?
奈:………花火、そう言えば見てなかったかも


都内某バー
小松崎:それで?休みの日の俺に、花火見物の絶好スポットの情報まで
  調べさせた花火大会はどうだったんだ?奈々ちゃんは、喜んでたか?
タ:………花火?そう言えば見た記憶がないな


沙、小:花火大会に何しに行ったんだ?!
 



※これ、タタルさんサイドから書いたら、もっと(*ノノ)な展開になりそう。
挑戦出来たらしてみます(^_^;)
雪降ってるっつーのに、浴衣で花火(笑)
季節感を無視しています、私(T_T)
途中間隔空き過ぎててすみません。色々やったけど、これ以上は無理でしたorz
私もダメだが、ニンジャも謎だよ……

さかきさん~こんなんでいいでしょうか?ちゅー祭。

拍手[7回]

結構ウケてました。10の質問^^
今日は奈々ちゃん。インタビュアーの沙織ちゃんとは姉妹なので
かしこまらない回答が聞けるはず……


◇タタルさんのどんなところが好きですか
奈:もう、沙織ってば、またこんな仕事引き受けて…
沙:まあまあ、それで?
奈:………話してる時の横顔とか、飲んでる時の仕草とか
  ……あと手を繋ぐ時や、肩を引き寄せる時に優しくしてくれるところとか……
沙:おおおお~
奈:やだ、もう変な反応しないでっ
 
◇いつ好きだと気付きましたか?
奈:皆で岡山に行った時、タタルさん、遅れて来たでしょう
沙:あ、そうそう。確か職場の人のご家族にご不幸があったとか
奈:あの時、早く会いたいなってすごく思って……
沙:そう言えば、タタルさんが結婚してもいいかななんて言ってたのも、
  あの時だったね
奈:そ、そうね(真っ赤)
 
◇好きなデートスポットは何処ですか
奈:亀戸天神は藤の花の時期に行けてとても良かったの。
  後、川崎大師なんかも行ったし……。
  夏に戸隠にも行ったけど、タタルさんが話してた通り古くて格式のある
  いいお宮だったと思うわ。
沙:…………今、寺社仏閣ばかり並んだけど、なんかそれタタルさんの話
  と違う気が
奈:そうなの?
沙:(相変わらずずれてるな~)
 
◇今まで二人でいて嬉しかったことは?
奈:以前バレンタインデーのお礼で……
沙:お姉ちゃん、タタルさんにチョコあげたことなんてあったの?!
奈:そ、そんなんじゃないわよ!そのいつもお世話になってた
  お礼みたいなもので……
沙:その時もう少し素直になってたら、二十代で結婚出来たかも
奈:………………
沙:そ、それで?(イカン、マジで怒らせてしまう)
奈:それで、タタルさんがチョコのお礼にって食事をご馳走してくれて……
沙:それっていつの話?
奈:確か外嶋さんが奥多摩で死体発見した時だから、五年前かしら?
沙:へえ~、そんなデートしてたんだ
奈:だからデートじゃないの。薬剤師会の勉強会のついでだったし、
  外嶋さんがオペラの予定入ってたの忘れてて偶然……
沙:外嶋さんってオペラ気チガイなんでしょう?
奈:ま、まあ、そうね
沙:………それってなんかおかしい
奈:そうかしら?
沙:それで食事だけ?
奈:いつもは行かないバーにも行ったかしら。
  タタルさんが考えたカクテルを、ご馳走して貰ったの。
沙:へえ~タタルさんもやるじゃん。
 
◇今まで二人でいて困ったことは?
奈:何故か事件に巻き込まれちゃうのよね~
沙:それはお姉ちゃんの体質かと
奈:違うわよっ!
沙:旅に出ると事件に出くわす症候群
  尤も熊崎さんに言わせると、二人揃うと事件が起きるんだろうって。
奈:………………
 
◇タタルさんにして欲しいファッションは?
奈:一度髪の毛をきちんとして、スーツとか着たらどうなるかしら、
  とは思うのよね
沙:うん。タタルさん、よく見ればイケメンだもんね。
奈:縮毛矯正とかしたら、髪の毛どうにかなるかしら………
沙:……一度試してみるか
 
◇タタルさんにどきどきした瞬間はありますか?
奈:何かしら……この質問(指先まで真っ赤)
沙:はいはい、苦情は管理人にね
  それで、それで?
奈:……どきどきとは違うけれど……
  諏訪でタタルさんが言っていた亡くしてしま………(黙りこむ)
沙:お姉ちゃん?
奈:あ、ごめんなさい。次の質問に行っていいかしら?
 
◇彼の困ったところはありますか?
奈:毎日髪の毛とかしてあげてるんだけど……
沙:ほう
奈:朝はよく寝坊しちゃうみたいで、出来ない日が多いのよね
沙:そうなんだ
奈:タタルさんが痛くないようにって、そ~っとやるんだけど、
  タタルさん、時々すごく困った顔してるの。何でなのかしら?
沙:……………
  そう言えばさ、お姉ちゃん。
奈:なあに?
沙:タタルさんのこと、名前で呼んだりしないの?
奈:え?!
沙:た・か・し・さん、とか……
奈:(全身真っ赤)な、な、な、な……
沙:そ、そんなに動揺しなくてもいいじゃん。それに『崇』って
  普通の名前だと思うよ。
奈:そ、それは………あのね沙織、だ、誰にも話さないでくれる?
沙:?
奈:(ひそひそと)タタルさんね、ベットの上でだけ名前で呼べって言うの
沙:えええ~!
奈:しーっ!声、大きいわよ、沙織。
沙:だ、だって…(タタルさんから聞いてた話と違う!)
奈:だからその、却って意識しちゃって(真っ赤になって、ため息)
沙:(何か誤解があるみたいだけど、おもしろいから黙ってよう)
 
◇タタルさんに秘密のことはありますか?
沙:お姉ちゃん、初恋の隣の家のお兄さんの話とかした?
奈:しないわよ、そんな話。
沙:タタルさんってヤキモチ妬かないの?
奈:…………そう言えばこの前
沙:うんうん
奈:たまたま駅で……沙織、須藤真司さんのこと覚えてる?
沙:あ、よく電話来てたよね
奈:彼に偶然会って話してる所にタタルさんが来て
  ……あの時はちょっと怖かったな
 
◇タタルさんにこれから望むこと
奈:す、末長く一緒にいて下さい
沙:もう少し甘えてもいいんじゃないかな
 



以上でした^^早速遊月さんが、やってみる!って言って下さいました。
自分の持ってるキャラクターのイメージが掴めて、面白かったです。
ぜひ皆さんもやって見てください。

拍手[13回]

普通100なんでしょうけど、100は大変だったので、10個に絞ってみました^^
管理人の代理で沙織ちゃんにインタビューをお任せしました。


◇奈々ちゃんのどんなところが好きですか?

タ:人の好みと言うのは遺伝的に決定づけられる部分があって、
  例えば脳の中にある扁桃体が……
沙:あのね、タタルさん、これもっと単純な質問だから。
  率直に答えて、率直に。
タ:…………いつも話しかける時に向ける笑顔とか、話を聞いている時に
  こちらをじっと見つめてる瞳とか……あと……(俯いて)
沙:?どうしたんですか?
タ:(少し動揺)いや、次の質問に行ってくれ
沙:(何を想像したんだか)では次行きます
 
◇いつ好きだと気付きましたか

タ:………三月の伊勢旅行で
  五十嵐先生に言われて、初めて言葉になった。
  ………突然気持ちが変化してそう思った訳ではない。
沙:タタルさんも結構天然だよね
タ:…………
沙:じゃあ、次の質問
 
◇好きなデートスポットはありますか?

沙:……タタルさん、難しい漢字の寺社仏閣はここに書いて貰えますか?
タ:……何故寺社仏閣に限るんだ
沙:だってお金が稼げたら遠くの神社まで、行くんでしょう。
タ:最近は代々木公園を二人で歩くこともあるし、君たちの実家がある
  鎌倉に行くことも多い。稲村ヶ崎の海岸なんかも歩いたし……
沙:ほうほう
タ:後は新しいバーに、彼女を連れて行くのは楽しみにしている
  飲んでいる時の彼女の姿が………(口許を押さえて黙りこむ)
沙:…………次行きましょうか(何か想像したな。聞きたいような、
  聞くだけ野暮なような)
 
◇今まで二人でいて嬉しかったことは
 
タ:二年前の諏訪に行った時だな
沙:諏訪ですか?
   そう言えば二人で旅行したのは、あれが最初でしたね?
タ:鴨志田や緑川さんの妹もいたがね。
沙:どんな時が嬉しかったと?
タ:あの旅行で初めて、彼女がいるから自分は自分の意志を、
  形に出せるのではないかと気が付いた。
  ………そうでなければ、ただの飲んだくれだったかもしれない。
  彼女が無条件に自分を信頼してくれているのが、心強いと気付いた。
 
◇今まで二人でいて困ったことは
 
タ:彼女の事件体質はどうにかしないと、この先気軽に旅行に出られなくなる
沙:……確かに
   あの新婚旅行、海外かもしれないって聞いたんですが
タ:薬剤師会におせっかいな人がいて、旅行会社にコネがあるとかで断りきら
  なかった。(かなりごついため息)
沙:そうすると巻き込まれる犯罪も、国際化しますね!
タ:沙織くん、喜んでないか?
沙:いえいえ、そんなことは。どうぞ無事に帰って来て下さい。
 
◇奈々ちゃんに着て欲しい服はありますか
沙:タタルさん、これはチャンスですよ。姉が着たがらないような服は、
  わたしがうまく薦めておきます。
タ:……もう一度着物を着て欲しいかな。夏に浴衣を着た時も良かったが……。
沙:他にないですか?例えばスケスケの下着とか、スリットが大きく
  入ったスカートとか
タ:沙織くん、君ね……
 
◇奈々ちゃんにどきどきした瞬間はありますか?
タ:ろくでもない質問が続くな
沙:それは管理人に言って下さい
タ:待ち合わせで彼女が先に来ていると、よくおかしなものに絡まれてる
  ことが多い。
  彼女を一人で立たせておくのは、婚約者としての立場上、確かに
  心拍数が上がるが
沙:そっちか(笑)
 
◇奈々ちゃんの困ったところはありますか?
タ:………先日、買ったばかりの今昔物語と日本霊異記の全集をうっかり
  寝室の床に置いておいたら……
沙:あー、だから気をつけてって言ったのに
タ:危うく玄関で引き留めたんだが、全く無意識だった
 
◇奈々ちゃんに秘密のことはありますか?
タ:この質問をする意味が聞きたいのだが……
沙:まあまあ、姉にはオフレコにしますから
タ:………これは俺の、と言うより、外嶋さんの秘密だろうが……彼女の見合い話
  を全部断ってたらしい
沙:まあ!それはびっくり。タタルさん、外嶋さんに一生頭上がらないのでは。
タ:そんなことはないが……彼とは出会いも出会いだったから、そう言う廻り合
  わせなんだろう
 
◇奈々ちゃんにこれから望むことは?
タ:いつもそのままの彼女でいてくれれば
  後、出来れば……
沙:はい?
タ:沙織くん、普通婚約者を女性はあだ名で呼ぶものかな?
沙:それぞれだと思いますけど
タ:………結婚したら変わるものかな
沙:姉の場合は難しいかも
タ:…………(ため息)
 


原作のデーターに忠実にやれば、もっと違った答えになると思いますが
いつも私が描いてるタタ奈々でやっちゃいました。
他のサイトさんのタタ奈々だと、これまた違った回答がありそうで面白そうです。
明日は奈々ちゃん^^

拍手[11回]

まだ同棲前のお話、ひとつ。 
『亡くしてしまった人』の話題は深刻だけど、弥生先生のことはある意味
笑い話?で済まないでしょうか?やっぱ無理か?


More than words~愛しき言尽くして~
  



その日は何だか初めからおかしかった。
原宿駅で待ち合わせ、代々木公園を一巡り二人で散歩し、
食事をして、ここ最近のいつもの休日のように自分のマンションに戻った。
 
 
言葉もないまま、これもいつものことになった、お互いを求める行為を
一通り済ませた後のことだった。
 
気がついた。
いや、やっと気がついたと言うべきか。
 
…………彼女の機嫌が悪い……ようだ。
 
 
 
「今日は君は何か怒っていないか?」
こういう時、聞かずに済ますのも一つの方法かもしれないが、
今は率直に聞くしかなかった。
 
「………別に怒ってません」
 
言葉とは裏腹に声のトーンは低い。
胸元を布団で隠して、ちらりとこちらを見たが、すぐに視線を反らす。
 
「………いや、おかしい。確か万葉集の……額田王の話あたりからだ。
 君は何か考えてる様子で……」
 
彼女はそっと背を向けた。
シングルのベットに大人二人で寝ているのだから、当然離れるのは難しい。
彼女の精一杯の抵抗だろう。
彼女の滑らかな背中が、わずかに手に触れている。
 
 
一つ思い当たった。
 
「別に今日の話に五十嵐先生は関係ない。………確かに彼女は、
 俺の最初の相手だったかもしれないが……」
 
 
背をそむけていた彼女がくるりとこちらを見る。
 
「………やっぱり。まだそんなこと、隠してたんですね」
彼女の目を見て、自分の失言に気付いた。
 
しかし失言のあるなしに関わらず、彼女は気付いていたのだろう。
 
先日、きっかけがなんだったか、話題が自分の中学校時代のことになった。
そこで諏訪で世話になった当時の同級生、鴨志田も含めて巻き込まれた
事件の話をした。
明敏な彼女のこととて、中学生の頃に自分が推察した通り、
恩師の五十嵐先生がこの事件に絡んでいるのを、察したようだった。
五十嵐先生が今は出家の身であるのも、この事件が関わっていることも。
 
わざわざ隠した訳ではないが、話す必要のない事柄は話さなかっただけ
なのだ。だが、やはり彼女は察していたのかもしれなかった。
 
 
…………これだから。
彼女相手に隠し事をすると言うのが、どれだけ至難の技か。
もしかしたら、三月に名古屋で五十嵐先生に会った時に、
彼女はほぼ解っていたのかもしれない。
 
心の準備なしに、やって来た事柄を、全て納得出来るように
説明するのは難しい。
 
 
「……………奈々」
 
彼女は再び背をそむけている。
 
「恋ひ恋ひて 逢へる時だに 愛しき(うつくしき)
 言尽くしてよ 長くと思はば」
「………………」
「せめてこうして逢っている時は、君には愛しいと思える
 言葉で話したい。………そんな話ではなくて」
 
「………解ってます。男の人なら、誰でもあるようなことだし……、
 少し面白くない気がするだけです」
後ろを向いていても、膨れ面なのが解る。
 
人間の感情の中で、他人からぶつけられるにせよ、自分から沸き上がる
ものにせよ、煩わしいものの一つに『嫉妬』がある。

けれど。
 
彼女の妬心は、ずいぶんと可愛らしくて、煩わしいどころか、
問い詰めていつまでも話させたくなるような、危険な衝動に駆られる
ものがあった。
…………まあ、止めた方が賢明だろうが。
 
 
そっと肩に手をかけて、背中から抱き締めた。
彼女も素直に体を委ねてくる。
 
 
「それとも、言葉ではなくて、他のことで尽くしても構わないが」
「?」
 
耳元にそっと口唇をつける。
柔らかな感触を掌に受けて、腕の中にしっかりと抱き締める。
密着した肌から伝わる温もりを、十分に感じながら。
「タタルさん………ずるいなぁ」
まだ膨れてはいるものの、気持ちはずいぶんと緩んでいた。
 
 
外を通る車の音が、かすかに響く。
 
 
千の言葉、万の言葉でも言い尽くせない感情があることを、
どうしたら君に伝えられるだろうか。
こういう時、男はもどかしさしか伝えられない。
 
 
 
 
古の万葉人(まんようびと)は万(よろず)の言の葉を用いて、
それでも言い尽くせない思いを語った。
 
 


………でも当分万葉集と額田王に関する話題は避けよう。
 


そう思った。

拍手[13回]

カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
[01/22 Indy]
[01/22 Dasia]
[01/22 Dasia]
[01/22 Dasia]
[01/22 Dell]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
森伊蔵
HP:
性別:
非公開
職業:
主婦
趣味:
読書・お絵かき・料理
自己紹介:
次女妊娠中にQEDにはまりました。
当然ですが、原作者および版権元様とは
一切関係がありません。
閲覧に関しては、個人で責任を負ってください。
著作権も一応手放してはいないので、
ご利用の際はご一報下さい。

……なんじゃ!このネタ!?と
思ったら、目をつむって十数えてなかったことに
して欲しいです^^;
バーコード
ブログ内検索
P R
忍者アナライズ
アクセス解析

Copyright © 翠露苑~すいろえん~ All Rights Reserved.
Material & Template by Inori
忍者ブログ [PR]