タタ奈々と空稲で二次してます。
どちらのジャンルも原作設定をメインとしております。
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リンク先関係者様にはご迷惑をおかけしました。
URLも元のままです。
ドメインの更新切れでこうなってたようでした(^^ゞ
失礼しました~。
さて、今日の主人公は珍しく弥生先生です。
弥生先生と言えば、『九段坂の春』で疑惑のお別れ会があります。
どうもすっきりしなかったのですが、伊勢~を読んだとき
やっぱりこれは愛するご家族のためだったのではないかと、
思いました。
私が出した答えはこうですが、それには少し順番が違うような気も
しないでもないです(^_^;)
お話は続き記事からです。
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さて、今日の主人公は珍しく弥生先生です。
弥生先生と言えば、『九段坂の春』で疑惑のお別れ会があります。
どうもすっきりしなかったのですが、伊勢~を読んだとき
やっぱりこれは愛するご家族のためだったのではないかと、
思いました。
私が出した答えはこうですが、それには少し順番が違うような気も
しないでもないです(^_^;)
お話は続き記事からです。
◆◆◆
素敵な雰囲気の女性だったなあ」
一人娘の彩子が、最近では珍しいくらい嬉しそうに呟く。
「今度はもっとゆっくり、色々なお話がしたい」
わたしはため息をつく。棚旗奈々さんには、
『もっとゆっくり色々なお話』をしなければならない相手は他にいる。
でも娘がこんなに浮かれた気持ちでいるのも、無理のない女性(ひと)
だった。
桑原くんは…自分が真に求めるものは、必ず得る力のある子だと
解っていたから、わたしは自分の家族を守る為に、
あんなにも非情な手段をとって、彼を残して東京を去ることが出来たのだ。
彩子の運転は若さもあるせいか、やや性急で、カーブに差し掛かると
くらりと揺れた。
車の窓にこつりと頭があたり、わたしはふと十何年も前の、
教職についていた頃、あの東京を離れる直前の、
印象深い何年間かを思い出した。
わたしがその年担任することに決まったのは、一年生のクラスだった。
中学一年生、と言えば、まだまだ小学生気分が抜けず、
わたしがそれまで担当し、集中して理科の授業を行っていた
三年生とはたった二歳の違いと言え、大きく開きがある。
却って娘の彩子に近いものすら感じながら、
彼らの学校にそれなりに馴染んでいく様を観察し、
ぼちぼちそれに一つの答えが出る――六月。
ある生徒が強烈にわたしの目を引いた。
良い意味でも、悪い意味でも。
いやこう言うと間違っている。彼らの個性に良いも悪いもないのだ。
そのまま、ありのままの存在こそが彼らなのだから。
桑原崇は、正にそんな言葉を思い出させる生徒だった。
初め彼はまるで、学校に起きるあれこれに無関心だった。
五月も過ぎれば男女とも、気の合う友人らしき相手を見つけ出す
時期だが、彼はいつも隅の方で(真ん中の座席にいても、
隅にいる印象なのだ)、本を読んでいることが多かった。
そう言えば隣の席の英語教師が、こんなことを言っていたっけ。
「桑原くんはいつも授業に関係ない本ばかり、
読んでいるんですよ。
今日なんか『本草綱目・概説』なんて、変な本で。
じゃあ、授業は聞いてないのかと言うと、そんなことはなくて、
突然『先生、そこの一文発音が違います』とか言い出して、
それでどんな発音かって聞いてみたら、かなり綺麗な発音で
例文を読み始めたんです。
まあ、英語らしい抑揚は少ないんだけど。
わたしオーストラリア留学だったから、少し発音が違うんですよね。
気を付けてたんだけど、見抜かれたみたいでびっくりしちゃった」
わたしは何とも――返事のしようがなかった。
彼が一筋縄で行かない生徒であろうことは、既に察せられたし、
毎年一学年に一人二人はいる、アウトローなタイプだろうとは思っていたのだ。
彼は見た目に受ける印象より、ずっと感受性が強く
――そして鋭敏過ぎる観察力の持ち主だった。
クラスでも生徒に集めさせたPTA会費が、
一人分だけ無くなる事件が起こった時、彼の一言で紛糾しかけた事態が、
鎮静化したのは、つい先日のことだ。
会費を集める学級委員の女生徒は目鼻立ちのはっきりした、
容姿の華やかなタイプだ。
それ故か、クラスの他の女生徒たちからはやっかまれていたようだ。
全て集め終わった後のPTA会費が、一人分だけ足りない。
彼女は何回も確認していたようで、提出間際になってかなり困っていた。
「誰か知らない?」
心細げに聞くのは、彼女自身、彼女に対する羨望が
こんな事態を招いたことを知っているだけに、却って気弱になるのだろう。
何人か一緒になって心配する男子生徒もいたが、女子はまるで無視だ。
なるべく生徒同士で解決させたい問題ではあるものの、
無くなったのはお金であるだけに、わたしが出て早く解決をした方が
いいかもしれない。
そう、考えた時だった。
「さっき渡辺さんや沢井さん達が、委員長の机のあたりうろついてた」
声変わりが始まって低めの声になりつつあり、普段は聞き取りづらい、
桑原くんの声がはっきりと教室に響いた。
「落ちてたと思って、拾って保管したんだろ。早く渡したら」
まるで素っ気のない言い方だが、二重、三重に考えられた物言いに、
廊下で聞いていたわたしは少なからず驚いた。
まずはいち早く事態が解決するよう犯人を指摘し、
しかも彼女たちの立場も立つよう、隠したものを出しやすい状況を作る。
――そして、気付きにくいように『君らがしたことは解っている』と
言わんばかりの言い方。
羨望からお金を隠した生徒と比べて、彼の心の成長速度の違いに
――わたしは驚いたのだった。
尤も人の感情が自分にこの後どう向くか、と言うことにはまるで
配慮と言うか関心が足らないようだ。
孤独であることで、彼は困らないようだった。
――と言うか、彼にとっては必要以上の人間関係は無駄にしか
ならないようで、本当に必要な場合しか口を開かない。
わたしは少し考えて、彼には他の生徒とは違う形象(かたち)で課題を出した。
それは解答が出来ても出来なくても、ぴったりとした正解などないものを
敢えて選んだ。
考え、知ることに特化した彼の頭脳には良い刺激になるだろう。
放課後の理科室や職員室に、彼がやって来る回数が増えた。
つい距離が出来がちになるこのタイプの生徒から、
わたしは目を離さずに済んだのだった。
そして―――彼にある感情が芽生えていることにも、気付いた。
二学期も終わりの頃だ。
凍りつくような寒さだった理科室に、彼がこっそりやって来た。
もう午前中だけの授業になっている。
校庭から部活動に熱心な生徒たちの掛け声が聞こえた。
「…あの、来年先生の所に本のこと、聞きに来てもいいでしょうか」
「来年?」
「三学期は三月で終わってしまうし、二年は物理が中心で先生と
…あまり話す機会が」
彼は気まずげに俯いた。
長い睫毛がそっと震えている。
わたしは微笑って答えた。
「ええ、構わないわよ。却って担任として、ではなくなるから
気楽に本が薦められるわ」
彼はぱっと明るい表情になった。
途端いつもの彼よりは数段幼い――この年齢らしい表情が表れる。
「あ…ありがとうございます」
身仕舞いが悪い割りに、振る舞いが上品な彼は丁寧なお辞儀をして
去って行った。
しかしわたしは四ヶ月後の四月にはこの約束を、後悔することになる。
彼に近付き過ぎたことを。
夫と娘の彩子の関係は、本当の父と娘以上に良好だった。
一度だけ改まった形で、感謝を口にしたことがある。
けれども夫は笑いながら言った。
「それは、なんだい?今、俺が可愛い娘とこれ以上ないくらい
惚れ込んでる妻が側にいることに、お礼を言っているのか?」
わたしはじっと夫を見つめた。
「お礼を言いたいのはこちらの方だからね」
その夜、今までなかったくらい、わたしは涙を流した。
彩子を身籠り窮地の時にも、流れなかった涙。
だからわたしは躊躇わなかった。
その年の十月に事件が起きて、動揺する夫を押さえ、
事件を偽装することにも、―――連鎖して起きた次の事件で
彼を…桑原くんをある意味利用することにも。
一番不味いタイミングで再び事件は起きた。
いや、これは事故に等しい。
だがこの事故の真相が明かされてしまうと、夫の…やはり事件と
言うよりは、事故の真相が明かされてしまう。
わたしと夫は何よりも八歳になる娘の彩子のことを、
最優先して考えた結果、東京を離れることになっていた矢先だ。
彩子の本当の父親とのこう言った間の悪さは、
もうそれが彼との『縁』の在り方だと悟るしかないような状態だった。
近くにいてもお互い良いことにはならないのに、
今のわたしの夫、弟への嫉妬に目が曇っている男には、
わたしの言葉などまるで耳に入らないようだ。
よりにもよって桑原くんと千鳥ヶ淵へと帰路を共にした日に、
あの男はやって来たのだ。
そして。
あの男の死に際に運悪く立ち会ってしまった生徒――鴨志田くんと、
わたしと帰った桑原くんが警察に事情聴取をされるに至り
――わたしは自分がある意味窮地に陥ったことを知る。
鴨志田くんもなかなか鋭敏な観察力の持ち主であることを、
昨年担任をしたわたしは知っている。
しかし、鴨志田くんは周囲との人間関係を第一に考えるタイプだから、
あの二つの事件にわたしが関わっていることまでは、
彼は辿り着かないだろう。
しかし桑原くんは違う。
彼は。
彼の観察眼、そして考察力。
そのフィルターを通したら、疑う間もなく辿り着いてしまう。
わたしは多分最初の事件を隠匿する時より、苦しんでいた。
彼はまだ14歳だ。
彼の――頭の回転の良さに比例しない、柔らかで幼い感情を
わたしは利用するのか。しかも自分の罪を隠す為に。
―――でも、その罪悪感を越えても、わたしは夫と娘が何よりも大切だった。
そして、これがわたし自身の生涯逃れられない欠落なのだと、自問しながら。
和歌山に帰った翌年の正月に、よく知った繊細な字体の年賀状が来た。
桑原くんだ。
一言だけ挨拶ではない、彼の言葉が書かれていた。
『先生のいない学校は、ただ通う為だけの場所です』と。
彼が―――別れ際『きっと誰も好きにならない』などと言うものだから、
わたしはかなり罪悪感を覚えたが、必要なものを見つけ出す『眼』は
持っているとわたしは見極めたからこそ、
あんなどう考えても口封じのような手段を取って、
正に逃げるように和歌山に帰って来たのだ。
ただ、同世代の少年、少女は彼にとってはあまりにも幼く煩雑に
感じるのだろうか。
彼の柔らかい感受性は眠ったままだ。
折に触れて手紙や葉書が来る。
ただ一度だけ――彼が高校三年生に当たる年だけ、年賀状が来なかった。
それから一年間音沙汰なく、少しの心配と少しの期待がわたしの胸をかすめた。
そして、明けて三月。
一枚の葉書が手元に来た。
『明邦大学の薬学部に受かりました』
意外だった。
彼の知能ならば、恐らくもっと上を狙えただろう。
何かあったのかも知れない。
相変わらず丁寧な文字だけの年賀状に、わたしは心配するしかない
自分が歯痒かった。
それからまた事件が起き、何物にも代えがたい夫を失い、
今度こそは逃れられない窮地に追い込まれたわたしは、
奈良にある月修寺にて出家することに決めた。
娘の彩子は既に母親のわたしが、あれこれと口を出す年齢を過ぎている。
それに残された生を――自分の罪や欠落を見つめながら生きる必要が
わたしにはある。
自分自身の死では購えないものが、わたしにはあるのだ。
その中にはあの少年、もう青年か。桑原くんに対する負債も入っていた。
だから月修寺に入る前、彼にだけは手紙を一通出しておいた。
そして。
久しぶりに彼に会うことになった。
奈良で娘の友人が亡くなった事件で、なんと彼が解決に関わっていたのだ。
その話を聞くと、あの危ぶまれた幼さは随分成りを潜めていた。
すぐにその理由も解った。
刑事の話では、彼の傍らには常に一人の女性がいたのだ。
「いやー、見た目こう言っては失礼だが、少々不釣り合いなカップルでね。
でも女性の方は気遣いもある優しそうな人でした」
わたしは嬉しくなり…そして心からホッとした。
彼に対する負債は少しは軽くなっているだろうか?
彼は大切な人を見極める『眼』を、きちんと活用出来ているだろうか?
次の事件で――困ったことに娘の彩子も事件に巻き込まれ、
いや飛び込んでいく性質の持ち主だった。
わたしはまた――でも多分それは正しい成り行きで、
彼、桑原くんを利用することに決めたのだった。
きっと刑事が言っていた、彼とは少し不釣り合いな女性も来るだろう。
棚旗奈々は、受ける雰囲気よりずっと理性的な女性だ。
同じ大学卒業だと言う。
彼を親しく『タタルさん』と呼ぶ彼女は、桑原くんにはこの上もない相手
だろうと思えた。
そして理性の強さを表に出さない、優しさと賢さもある。
その分、感情の赴くまま、衝動的に動くことは出来ないタイプのようだ。
それでも――こんなに側にいるのだ。
あの桑原くんが、こんなに自然に他人を側に寄せているのならば。
―――しかし事件が解決し、事件に関わる事の顛末を話している時に気が付く。
もしかして、彼は。
桑原くんは、何故『自分』が『彼女』と、此処に『共に』いるのか
自覚していないのでは?。
わたしは――三十を越えた成熟した青年になった彼が、
未だにあの柔らかで未成熟なままの感情を、
そのままにしているのではないか―――その責任はもしかしたら
自分にもあるかもしれない。
そう思って、余計な口出しだと感じたが、彼との別れ際一言、こう言った。
「あなたは、もっと大切なことに気づいてないのではありませんか?」
あの時の桑原くんの、きょとんとした目。
苦笑と共に思わずため息が出る。
でも大丈夫。
彼はこの課題には必ずきちんと『答え』が出せる筈。
その時、彼がこれまで思い考えていたあらゆる事象など、
全てどうでも良くなるだろう。
伊勢で事件の起きた年の暮れ、桑原くんからやけに畏まった封書が届いた。
桑原くんの結婚式の招待状だ。
式は来年の五月末だと言う。
わたしはこんな身寄りだから遠慮するにしても、娘の彩子は参加させようかしら。
でも棚旗さんにとても会いたがっている彩子が押し掛けたら、
桑原くんはさぞ困った表情(かお)をするだろうな…そんな風に思い、
わたしは庭の赤く色付いた南天の木を見て――心から微笑った。
※弥生先生は自分が十分に女としての武器を使える人間だということを
自覚している女性かなと思います。それゆえ、それを封印するため
出家した部分もありそうな…。
お母さん、先生としての部分を強めに書いてみました。
しかし伊勢の曙光で、タタ奈々の宿泊先(結局は鰒殿から病院行きだったので
利用してませんが)を準備していた先生は、もしかしたらどかんとダブルの
お部屋とか用意してた可能性があり(だって30代の男女のカップルだよ?
別に部屋取る方がおかしいw)、その部屋に案内された時のタタルさんの
表情をぜひ影から見物してみたかった森伊蔵でした(笑)
素敵な雰囲気の女性だったなあ」
一人娘の彩子が、最近では珍しいくらい嬉しそうに呟く。
「今度はもっとゆっくり、色々なお話がしたい」
わたしはため息をつく。棚旗奈々さんには、
『もっとゆっくり色々なお話』をしなければならない相手は他にいる。
でも娘がこんなに浮かれた気持ちでいるのも、無理のない女性(ひと)
だった。
桑原くんは…自分が真に求めるものは、必ず得る力のある子だと
解っていたから、わたしは自分の家族を守る為に、
あんなにも非情な手段をとって、彼を残して東京を去ることが出来たのだ。
彩子の運転は若さもあるせいか、やや性急で、カーブに差し掛かると
くらりと揺れた。
車の窓にこつりと頭があたり、わたしはふと十何年も前の、
教職についていた頃、あの東京を離れる直前の、
印象深い何年間かを思い出した。
わたしがその年担任することに決まったのは、一年生のクラスだった。
中学一年生、と言えば、まだまだ小学生気分が抜けず、
わたしがそれまで担当し、集中して理科の授業を行っていた
三年生とはたった二歳の違いと言え、大きく開きがある。
却って娘の彩子に近いものすら感じながら、
彼らの学校にそれなりに馴染んでいく様を観察し、
ぼちぼちそれに一つの答えが出る――六月。
ある生徒が強烈にわたしの目を引いた。
良い意味でも、悪い意味でも。
いやこう言うと間違っている。彼らの個性に良いも悪いもないのだ。
そのまま、ありのままの存在こそが彼らなのだから。
桑原崇は、正にそんな言葉を思い出させる生徒だった。
初め彼はまるで、学校に起きるあれこれに無関心だった。
五月も過ぎれば男女とも、気の合う友人らしき相手を見つけ出す
時期だが、彼はいつも隅の方で(真ん中の座席にいても、
隅にいる印象なのだ)、本を読んでいることが多かった。
そう言えば隣の席の英語教師が、こんなことを言っていたっけ。
「桑原くんはいつも授業に関係ない本ばかり、
読んでいるんですよ。
今日なんか『本草綱目・概説』なんて、変な本で。
じゃあ、授業は聞いてないのかと言うと、そんなことはなくて、
突然『先生、そこの一文発音が違います』とか言い出して、
それでどんな発音かって聞いてみたら、かなり綺麗な発音で
例文を読み始めたんです。
まあ、英語らしい抑揚は少ないんだけど。
わたしオーストラリア留学だったから、少し発音が違うんですよね。
気を付けてたんだけど、見抜かれたみたいでびっくりしちゃった」
わたしは何とも――返事のしようがなかった。
彼が一筋縄で行かない生徒であろうことは、既に察せられたし、
毎年一学年に一人二人はいる、アウトローなタイプだろうとは思っていたのだ。
彼は見た目に受ける印象より、ずっと感受性が強く
――そして鋭敏過ぎる観察力の持ち主だった。
クラスでも生徒に集めさせたPTA会費が、
一人分だけ無くなる事件が起こった時、彼の一言で紛糾しかけた事態が、
鎮静化したのは、つい先日のことだ。
会費を集める学級委員の女生徒は目鼻立ちのはっきりした、
容姿の華やかなタイプだ。
それ故か、クラスの他の女生徒たちからはやっかまれていたようだ。
全て集め終わった後のPTA会費が、一人分だけ足りない。
彼女は何回も確認していたようで、提出間際になってかなり困っていた。
「誰か知らない?」
心細げに聞くのは、彼女自身、彼女に対する羨望が
こんな事態を招いたことを知っているだけに、却って気弱になるのだろう。
何人か一緒になって心配する男子生徒もいたが、女子はまるで無視だ。
なるべく生徒同士で解決させたい問題ではあるものの、
無くなったのはお金であるだけに、わたしが出て早く解決をした方が
いいかもしれない。
そう、考えた時だった。
「さっき渡辺さんや沢井さん達が、委員長の机のあたりうろついてた」
声変わりが始まって低めの声になりつつあり、普段は聞き取りづらい、
桑原くんの声がはっきりと教室に響いた。
「落ちてたと思って、拾って保管したんだろ。早く渡したら」
まるで素っ気のない言い方だが、二重、三重に考えられた物言いに、
廊下で聞いていたわたしは少なからず驚いた。
まずはいち早く事態が解決するよう犯人を指摘し、
しかも彼女たちの立場も立つよう、隠したものを出しやすい状況を作る。
――そして、気付きにくいように『君らがしたことは解っている』と
言わんばかりの言い方。
羨望からお金を隠した生徒と比べて、彼の心の成長速度の違いに
――わたしは驚いたのだった。
尤も人の感情が自分にこの後どう向くか、と言うことにはまるで
配慮と言うか関心が足らないようだ。
孤独であることで、彼は困らないようだった。
――と言うか、彼にとっては必要以上の人間関係は無駄にしか
ならないようで、本当に必要な場合しか口を開かない。
わたしは少し考えて、彼には他の生徒とは違う形象(かたち)で課題を出した。
それは解答が出来ても出来なくても、ぴったりとした正解などないものを
敢えて選んだ。
考え、知ることに特化した彼の頭脳には良い刺激になるだろう。
放課後の理科室や職員室に、彼がやって来る回数が増えた。
つい距離が出来がちになるこのタイプの生徒から、
わたしは目を離さずに済んだのだった。
そして―――彼にある感情が芽生えていることにも、気付いた。
二学期も終わりの頃だ。
凍りつくような寒さだった理科室に、彼がこっそりやって来た。
もう午前中だけの授業になっている。
校庭から部活動に熱心な生徒たちの掛け声が聞こえた。
「…あの、来年先生の所に本のこと、聞きに来てもいいでしょうか」
「来年?」
「三学期は三月で終わってしまうし、二年は物理が中心で先生と
…あまり話す機会が」
彼は気まずげに俯いた。
長い睫毛がそっと震えている。
わたしは微笑って答えた。
「ええ、構わないわよ。却って担任として、ではなくなるから
気楽に本が薦められるわ」
彼はぱっと明るい表情になった。
途端いつもの彼よりは数段幼い――この年齢らしい表情が表れる。
「あ…ありがとうございます」
身仕舞いが悪い割りに、振る舞いが上品な彼は丁寧なお辞儀をして
去って行った。
しかしわたしは四ヶ月後の四月にはこの約束を、後悔することになる。
彼に近付き過ぎたことを。
夫と娘の彩子の関係は、本当の父と娘以上に良好だった。
一度だけ改まった形で、感謝を口にしたことがある。
けれども夫は笑いながら言った。
「それは、なんだい?今、俺が可愛い娘とこれ以上ないくらい
惚れ込んでる妻が側にいることに、お礼を言っているのか?」
わたしはじっと夫を見つめた。
「お礼を言いたいのはこちらの方だからね」
その夜、今までなかったくらい、わたしは涙を流した。
彩子を身籠り窮地の時にも、流れなかった涙。
だからわたしは躊躇わなかった。
その年の十月に事件が起きて、動揺する夫を押さえ、
事件を偽装することにも、―――連鎖して起きた次の事件で
彼を…桑原くんをある意味利用することにも。
一番不味いタイミングで再び事件は起きた。
いや、これは事故に等しい。
だがこの事故の真相が明かされてしまうと、夫の…やはり事件と
言うよりは、事故の真相が明かされてしまう。
わたしと夫は何よりも八歳になる娘の彩子のことを、
最優先して考えた結果、東京を離れることになっていた矢先だ。
彩子の本当の父親とのこう言った間の悪さは、
もうそれが彼との『縁』の在り方だと悟るしかないような状態だった。
近くにいてもお互い良いことにはならないのに、
今のわたしの夫、弟への嫉妬に目が曇っている男には、
わたしの言葉などまるで耳に入らないようだ。
よりにもよって桑原くんと千鳥ヶ淵へと帰路を共にした日に、
あの男はやって来たのだ。
そして。
あの男の死に際に運悪く立ち会ってしまった生徒――鴨志田くんと、
わたしと帰った桑原くんが警察に事情聴取をされるに至り
――わたしは自分がある意味窮地に陥ったことを知る。
鴨志田くんもなかなか鋭敏な観察力の持ち主であることを、
昨年担任をしたわたしは知っている。
しかし、鴨志田くんは周囲との人間関係を第一に考えるタイプだから、
あの二つの事件にわたしが関わっていることまでは、
彼は辿り着かないだろう。
しかし桑原くんは違う。
彼は。
彼の観察眼、そして考察力。
そのフィルターを通したら、疑う間もなく辿り着いてしまう。
わたしは多分最初の事件を隠匿する時より、苦しんでいた。
彼はまだ14歳だ。
彼の――頭の回転の良さに比例しない、柔らかで幼い感情を
わたしは利用するのか。しかも自分の罪を隠す為に。
―――でも、その罪悪感を越えても、わたしは夫と娘が何よりも大切だった。
そして、これがわたし自身の生涯逃れられない欠落なのだと、自問しながら。
和歌山に帰った翌年の正月に、よく知った繊細な字体の年賀状が来た。
桑原くんだ。
一言だけ挨拶ではない、彼の言葉が書かれていた。
『先生のいない学校は、ただ通う為だけの場所です』と。
彼が―――別れ際『きっと誰も好きにならない』などと言うものだから、
わたしはかなり罪悪感を覚えたが、必要なものを見つけ出す『眼』は
持っているとわたしは見極めたからこそ、
あんなどう考えても口封じのような手段を取って、
正に逃げるように和歌山に帰って来たのだ。
ただ、同世代の少年、少女は彼にとってはあまりにも幼く煩雑に
感じるのだろうか。
彼の柔らかい感受性は眠ったままだ。
折に触れて手紙や葉書が来る。
ただ一度だけ――彼が高校三年生に当たる年だけ、年賀状が来なかった。
それから一年間音沙汰なく、少しの心配と少しの期待がわたしの胸をかすめた。
そして、明けて三月。
一枚の葉書が手元に来た。
『明邦大学の薬学部に受かりました』
意外だった。
彼の知能ならば、恐らくもっと上を狙えただろう。
何かあったのかも知れない。
相変わらず丁寧な文字だけの年賀状に、わたしは心配するしかない
自分が歯痒かった。
それからまた事件が起き、何物にも代えがたい夫を失い、
今度こそは逃れられない窮地に追い込まれたわたしは、
奈良にある月修寺にて出家することに決めた。
娘の彩子は既に母親のわたしが、あれこれと口を出す年齢を過ぎている。
それに残された生を――自分の罪や欠落を見つめながら生きる必要が
わたしにはある。
自分自身の死では購えないものが、わたしにはあるのだ。
その中にはあの少年、もう青年か。桑原くんに対する負債も入っていた。
だから月修寺に入る前、彼にだけは手紙を一通出しておいた。
そして。
久しぶりに彼に会うことになった。
奈良で娘の友人が亡くなった事件で、なんと彼が解決に関わっていたのだ。
その話を聞くと、あの危ぶまれた幼さは随分成りを潜めていた。
すぐにその理由も解った。
刑事の話では、彼の傍らには常に一人の女性がいたのだ。
「いやー、見た目こう言っては失礼だが、少々不釣り合いなカップルでね。
でも女性の方は気遣いもある優しそうな人でした」
わたしは嬉しくなり…そして心からホッとした。
彼に対する負債は少しは軽くなっているだろうか?
彼は大切な人を見極める『眼』を、きちんと活用出来ているだろうか?
次の事件で――困ったことに娘の彩子も事件に巻き込まれ、
いや飛び込んでいく性質の持ち主だった。
わたしはまた――でも多分それは正しい成り行きで、
彼、桑原くんを利用することに決めたのだった。
きっと刑事が言っていた、彼とは少し不釣り合いな女性も来るだろう。
棚旗奈々は、受ける雰囲気よりずっと理性的な女性だ。
同じ大学卒業だと言う。
彼を親しく『タタルさん』と呼ぶ彼女は、桑原くんにはこの上もない相手
だろうと思えた。
そして理性の強さを表に出さない、優しさと賢さもある。
その分、感情の赴くまま、衝動的に動くことは出来ないタイプのようだ。
それでも――こんなに側にいるのだ。
あの桑原くんが、こんなに自然に他人を側に寄せているのならば。
―――しかし事件が解決し、事件に関わる事の顛末を話している時に気が付く。
もしかして、彼は。
桑原くんは、何故『自分』が『彼女』と、此処に『共に』いるのか
自覚していないのでは?。
わたしは――三十を越えた成熟した青年になった彼が、
未だにあの柔らかで未成熟なままの感情を、
そのままにしているのではないか―――その責任はもしかしたら
自分にもあるかもしれない。
そう思って、余計な口出しだと感じたが、彼との別れ際一言、こう言った。
「あなたは、もっと大切なことに気づいてないのではありませんか?」
あの時の桑原くんの、きょとんとした目。
苦笑と共に思わずため息が出る。
でも大丈夫。
彼はこの課題には必ずきちんと『答え』が出せる筈。
その時、彼がこれまで思い考えていたあらゆる事象など、
全てどうでも良くなるだろう。
伊勢で事件の起きた年の暮れ、桑原くんからやけに畏まった封書が届いた。
桑原くんの結婚式の招待状だ。
式は来年の五月末だと言う。
わたしはこんな身寄りだから遠慮するにしても、娘の彩子は参加させようかしら。
でも棚旗さんにとても会いたがっている彩子が押し掛けたら、
桑原くんはさぞ困った表情(かお)をするだろうな…そんな風に思い、
わたしは庭の赤く色付いた南天の木を見て――心から微笑った。
※弥生先生は自分が十分に女としての武器を使える人間だということを
自覚している女性かなと思います。それゆえ、それを封印するため
出家した部分もありそうな…。
お母さん、先生としての部分を強めに書いてみました。
しかし伊勢の曙光で、タタ奈々の宿泊先(結局は鰒殿から病院行きだったので
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お部屋とか用意してた可能性があり(だって30代の男女のカップルだよ?
別に部屋取る方がおかしいw)、その部屋に案内された時のタタルさんの
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当然ですが、原作者および版権元様とは
一切関係がありません。
閲覧に関しては、個人で責任を負ってください。
著作権も一応手放してはいないので、
ご利用の際はご一報下さい。
……なんじゃ!このネタ!?と
思ったら、目をつむって十数えてなかったことに
して欲しいです^^;
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